ずっと見続けたかった景色がある

言葉なんて選んでる余裕なんてない

今年こそ応援することを義務にしたくない

 

記念yearだから応援しなきゃいけない。追い続けなければいけない。そんな義務感だったと思う。心の底から楽しめてたかと言われると即答できない8周年10周年。

追うことがこの今のエイトを応援しなきゃいけない。もう二度と戻れないし今年追わなかったことをいつか後悔すると思ってた。

 

彼らが好きなのは変わらない。ただ2012年8周年。今年売れなかったら、関ジャニ∞だし8周年だし。今年こそ。エイトyearだし。2008年パッとしなかったし何も無かったし2008年なのに。って(笑)

 

今考えると義務化してたのかもしれない。CD.DVDはもちろん全部買い。最近気になるっていう子には配って歩いてた。初動売上が一番大事。雑誌も全部買ってた。これも配って歩いてた。これは特集してくれてありがとうございます代だと思ってた。表紙ありがとうございます!あー8Pもありがとうございます!テレビも全部残らず録画してた。地元で放送されないものはいろんな人を頼って送ってもらってた。

 

追えなくなった。見ずにそのままCMだけカットしてDVDに焼いてるものもあれば実家のHDDにそのまま入ってるものもある。10周年もそんな感じだったしその時には義務感になってることをなんとなく自覚してたけど認めたくなくて必死に追ってたしちょうど社会人1年目だったからお金に余裕も出来て追えるところまで追ってた。

 

辛かった。好きの気持ちよりも応援しなきゃいけないっていう気持ちの方が大きくなってることに気づいた時。純粋に応援してる子達を目にした時。10周年頃からファンの集まりだったり身内とか友達とはライブに入らずファンの方と入るようになった。すごく楽しかった。私にはここまでの熱量残ってたんだと安心もした。でも好きになりたての熱量だったり好きっていう気持ちの方が強い子達をみて羨ましいって私はその気持ちをどこに置いてきたんだろう。と思うことも多くなった。

 

今年が最後の大阪だって言い聞かせて楽しまなきゃっていう気持ちがどこかにある状態で過ごしてた。誰かに言われたわけでも本人達から応援してくださいと言われたわけでもないのに。

 

「一生eighterでいます」「毎年来てくれてありがとう」

 

過去の自分の言葉と自担の言葉を呪いにしたくなかった。

その言葉に縛られているということに気付きたく無かった。

認めたくなかった。

 

 

 

2016冬-2017年がすごく楽しかった。びっくりするぐらい。応援し始めた時と同じ熱量ぐらいまで復活した。

認めたんです。縛られてるなって。辞めたんです。全部追うことを。仕事が忙しくなってきたというのもあるけど関ジャニ∞自体の番組数も増え見る時間もなくなり、自分の観たい番組、雑誌を好きな時に吟味して買うようになったらすごく楽になった。編集しなきゃ。雑誌解体しなきゃ。「しなきゃ。」っていう作業を放棄しました。相変わらずHDDはパンパンでレギュラー放送は見てDVDに落とすって作業してるけど(笑)それでも番組丸々残すってこともしなくなった。セッションだけとかロケだけとか。

CD、DVDは初回限定だけ買うにやっとできました。空いてないのあるけど。観たい時に見る。って決めたらすごく楽になった。フラゲ日に買ってその日に鑑賞してツイートして。っていうのが自分には合わないとやっと気づいた。

 

Twitterでフォローはしてないけ好きだとたまに覗きたいアカウントをリストに入れてるのですがほぼニズムからの方達なんです。

好きの気持ちの方が強い人が羨ましく感じちゃうから毎年ここからあとは新規と勝手に決めつけそこから後の人はフォローしないって価値観が絶対違うって決めつけてたんですけど。

無意識に私はその方々の熱量が好きだったしそこに戻りたいんだなと自覚したらすごく楽しくなって久しぶりに自分からフォローしに行ったり解除したことによっていろんな人の視点から関ジャニ∞を見ることができるようになった。

 

いろいろ考えて義務感になってた時期もあったけど何かあった時も何も無い時も聴きたいのは関ジャニ∞の曲だったし観たいのは関ジャニ∞だったから今はその時も応援してて良かったなって心の底から思う。

 

 

2018年エイトyear。私の苦手な記念yearがきた。(というかエイトって記念year多くない?10年中4年記念yearになるんだよ。お金出てくよ笑)

 

今年の目標は義務感にならず程よく応援しいろんな方とめぐり逢いたい。

 

海外公演やるとしたら初めてだから行かなきゃと思ってる私を誰か叱ってほしいし、アルバムは遂に1つだけにしようと思ってる私を褒めて欲しい。